第4次提言
『統合司令塔を設置し、緊急事態対応の憲法条文案の具体化を』
令和6年4月25日
感染症と自然災害に強い社会を
ニュー レジリエンス フォーラム
会長 三村明夫
(日本製鉄株式会社名誉会長)
ニュー レジリエンス フォーラムでは、感染症と自然災害に対して強靱でしなやかな“回復力”のある社会の形成を目指して活動しています。これまでに令和3年9月、令和4年4月、令和5年7月の三度、政府に対して提言を行ってきました。その骨子は、国家の緊急時に対する司令塔の存在、現行法での不備、各種団体の活用、緊急事態宣言の必要性などの議論から成ります。
今回の第4次提言では、今年初めに発生した能登半島地震での経験と次なる自然災害への準備を念頭に、早急に対応すべき事柄に焦点を当てました。また、これまでの提言を前に進め、「平時」から「緊急時」への切り替えのための緊急事態宣言にかかる憲法条文の提案にも踏み込みました。
感染症、自然災害を打ち返す“耐震構造”社会ではなく、国難をしなやかに受け止め押し返せるような“免震構造”社会を目指すべきです。そのために、国はわれわれの提言を政策に反映されるよう強く望みます。
1. 災害対応の統合司令塔を設置し、国・地方の指揮系統を確立せよ
昨年9月に発足した内閣感染症危機管理統括庁は感染症対応に特化した司令塔組織であり、トップは官房副長官の兼務である。危機管理は、特にその初期においては危機の種別に関係なく共通する考えや行動が多く、複合災害が発生する場合を想定すれば、内閣官房にはあらゆる災害に対応するオールハザード型の司令塔組織を設置し、専門性の高いスタッフが常在して統括する体制にすべきである。
また、国難級の災害においては、甚大な被害が超広域に及ぶことから、現行の災害対策基本法に基づく基礎自治体による第一次対応のシステムでは対処できない可能性がある。こうした課題を踏まえ、今般、感染症や大規模な災害が発生した場合に、個別の法律に規定がなくても国が自治体に必要な指示を行うことができる地方自治体法の改正が予定されている。これを受けて災害対策基本法をはじめとする種々の災害法制についての見直しを行うべきである。
2. 地方自治体は各業界団体との間に包括的防災協定を締結せよ
地方自治体と各業界団体は「平時」の形式的な協定ではなく、顔が見える横串の関係を構築するためにも、各業界団体は自治体が実施する定期的な訓練・研修に積極的に参加し、どの分野・領域においても「緊急時」のタイムラインを共有することが必要である。そのためには特に、都道府県はできるだけ多くの業界団体と包括的な防災協定を結び、発災後の素早い連携が可能となるよう準備をすべきである。国はその包括協定のひな形を示さなくてはならない。
現在の災害救助法および関連法令・通知は今日の高齢社会への対応を反映していない。避難生活における運動量の低下が、いわゆる生活不活発病を誘発し、要介護度の重度化、認知症の増悪、転倒骨折等の多発、災害関連死を増加させる。このような問題の解消のために、災害時医療における理学療法士等の活用を進めるとともに、同法第四条(救助の種類等)に「福祉」を追記し、社会福祉士や介護福祉士などが関与できる環境を整えるべきである。
3. 半島地域等の過疎地におけるインフラの強靭化を急げ
能登半島地震は、その地理的特徴から半島地域における道路・港湾・水道・通信・電力をはじめとしたインフラの脆弱性という課題を私達に突きつけた。今後、南海トラフ巨大地震をはじめとした大規模な災害により、半島地域や中山間地域などの過疎地域にも同様の事態が生じかねない。昭和60年成立の「半島振興法」は10年の時限法であり、令和7年度末に期限を迎える。同法の改正に際しては半島の特性を踏まえ、国は平時からボランティアの宿泊、資機材の保管等の半島内での施設を整備し、防災対策の推進や老朽化したインフラの再構築、強靭化を進めるとともに、過疎地域全般の災害強靱化を優先的に進めるべきである。
4. 被災者目線の避難所に改善を
国際的には、紛争や災害の際の多数の難民・被災者の生命と人権を守るための避難所(食事・居住空間・トイレなど)の環境水準(スフィア基準)が定められている。わが国の避難所は一部を除き、冷たい床での雑魚寝状態でプライバシーもなく、冷たい食事が続くなど、「先進国の中で最低レベルの避難所」と非難されている。また、避難所の開設期間は災害発生から7日以内とされているが、現実にはそれ以上の滞在を余儀なくされている。故に、避難所の強靭化(ライフラインのバックアップ体制整備・備蓄品の増強)に向けた整備基準の設定と財政的支援を国は地方自治体に行うべきである。この際、避難所の整備は人や物が豊富な都市部から行われがちであるが、地方自治体は人的/物的資源の乏しい過疎地域の避難所から優先的に整備を進めるよう留意が必要である。
さらに在宅避難や車中泊をしている被災者に対して、避難所と同様の情報、物資、支援が行き届く仕組みが必要である。
5. 緊急事態対応にかかる憲法条文案の具体化を
第○条 (緊急事態宣言)
①内閣総理大臣は、大規模な自然災害や感染症のまん延等の事態が発生したときは、国民の生命、身体及び財産を守るため、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
②緊急事態の宣言は、事前に時宜によっては事後に、国会の承認を得なければならない。事後の承認が得られないときは、内閣総理大臣は、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。この宣言は、180日を超えることができない。
第○条 (緊急政令及び緊急財政支出)
①緊急事態の宣言が発せられた場合において、国会が召集できない等の特別の事情があるときは、内閣は、あらかじめ法律によって個別的、具体的に委任されている場合のほか、国民の生命、身体及び財産を守るためやむを得ない特別な理由があるときに限り、政令によって必要な事項を定め、又は財政上の支出を行うことができる。
②この政令及び財政支出は、国会の召集後、速やかに提出し、その承認を得なければならない。承認が得られないときは、政令は将来に向かって効力を失う。
「緊急事態条項」のポイント
① 本提言における緊急事態は「自然災害」と「感染症」の二事態としている。衆議院憲法審査会では「武力攻撃」と「内乱」を含めて概ねの合意形成がなされているが、ここでは本会の趣旨を踏まえ、緊急事態の対象をこの二事態に限定した。
② 緊急事態宣言は、「平時」のルールから「緊急時」のルールに切り替えるトリガー(引金)であるとともに、為政者が国民に対してその生命、身体及び財産を守る覚悟と決意を示し、国民の自覚を求める重要な意味を有する。また、緊急事態宣言は、後述の「緊急政令」を発令し、および「緊急財政支出」を行うための前提条件となる。
③ 災害対策基本法や新型インフルエンザ等対策特別措置法などの一般法・特別法には「内閣総理大臣による緊急事態の布告/宣言」があるが、本布告/宣言はこれらを「憲法に格上げ」するものである。これによって一般法・特別法における違憲の疑い(※)を回避することが可能となる。
※ 東日本大震災の折、政府は災害対策基本法に基づく「災害緊急事態の布告」(第105条)を行わなかったが、発令を躊躇した背景には違憲とされることへの配慮があったといわれている。
④ 宣言の期間は自民党案が100日、三会派案が6ヶ月となっているが、今回の新型コロナの感染の波が拡大から収束まで概ね4~5ヶ月程度の周期だったことも参考に、本案では「180日を超えることができない」とした。
① 大正12年9月の関東大震災の折には、12月までの3か月間は議会が召集できず、災害対策は憲法8条の緊急勅令(計15本)と同70条の緊急財政処分(計2回)に頼るしかなかった。この点、阪神淡路大震災、東日本大震災、新型コロナ感染症などの際は国会が開会中であり、震災関連の各種緊急法令を制定することができたが、もし当時国会が閉会中でしかも臨時国会が召集できなかったとしたら、どうなっていただろうか。それ故、今後首都直下型地震や南海トラフ巨大地震などが発生し、しかも臨時国会が召集できないような緊急事態に備えて、憲法に緊急政令と緊急財政支出を定めておく必要がある。
② 「あらかじめ法律によって個別的、具体的に委任されている政令」とは、災害対策基本法(109条1項1号~3号、109条の2)、新型インフルエンザ等対策特別措置法(58条1項)、国民保護法(93条1項、103条1項)にいう政令(生活必需物資の譲渡制限、価格統制、金銭債務の支払いの延期、海外からの支援受け入れ)などをいう。本条によって、これら政令の合憲性が担保され違憲の疑いは回避されることになる。
③ 同時に、内閣は「国民の生命、身体及び財産を守るためやむを得ない特別な理由があるときに限り」、例外的に緊急政令を発することができるとすることで、想定外の緊急事態にも迅速な対処が可能となる。
④ 各党の草案は、緊急政令発出の条件を「国会による法律の制定をまついとまがないと認める特別の事情があるとき」としているが、濫用の恐れを極力減ずるために、本案では「国会が召集できない等の特別の事情があるとき」(過去の例としては関東大震災時)とより限定することにしている。